Diary(思い出の記録) Vol, 7
<08・9月〜12月>
2008・9月7日
講演会場に行く前にのぞみの会会長の所一美様のお計らいで、空港からタクシーで
ずっと行ってみたかった与謝野晶子記念館へ寄ってもらった。堺市の和菓子屋の三女
として生まれた彼女が妻子ある鉄幹と結婚し、11人の子どもが生まれた。そんな子育て
の中でも歌を詠み、子ども達とともに旅行したりしていたことに驚いた。
午後1時、ダウン症児親の会「のぞみの会」講演会での講演(和泉市生涯学習セン
ター「和泉シティープラザ」3階・レセプションホール)
NHKアナウンサーの住田様と再会。のぞみの会だけでなく奈良、京都、兵庫など
のダウン症児親の会からも多くの方々が来て下さった。大阪ダウン症親の会連絡会
の後援ということもあり、会場は入りきれなくなって変更になって
しまった。私自身も貴重な経験ができた。夜は大平様一家とお
食事ができ、久しぶりに元気な悠ちゃんに会えて楽しいひとと
きを過ごした。
* 講演の前にシンガーソングライターの梅原司平さんが控え室
に会いに来て下さった。司平さんの歌(「生命の歌」)は私が障害
を受容する時に励ましてくれた。今度62歳でキングレコードから
メジャー再デビューされ、エッセー集『売れない歌手でよかった』
(講談社)が出版される。私たち家族も登場します。読んで下さい。
詳しいことは次へ。 http://platpulana.exblog.jp/



9月8日
アジア遺伝カウンセリング学会での講演(近畿大学・新講義室)最新設備の整っ
た会場だった。会は英語のみで、武部啓先生の進行で始まった。
控え室で司平さんと握手
台湾、韓国など、遺伝学の権威の学者
の方々、医師、これから遺伝カウンセリン
グを学ぶ大学院生(近畿大学、京都大学、
お茶の水大学)などが集まっておられた。
30分間の英語でのスピーチを無事終え
ることができた時はほっとした。
講演後、コーリア(韓国)大学の女性の
教授の方達が駆け寄って来られて、「と
てもすばらしかった。あなたは兄妹がい
るのですか?」など両親にも質問されたが、巽先生が「この両親は英語が
できない」と言われてしまって、終わりになった。(^^) 夜のバンケットでは、
黒木先生や大学院生たちが声をかけて下さって嬉しかった。
遺伝カウンセリング学会で
9月9日
* 前夜、大阪より京都・きよみずに入る。本願寺出版の松本様が西本願寺内の国宝
を案内して下さった。父はずっと以前から見てみたいと言っていたので、熱心に見
入っていた。
* 昼はかもがわ出版の鶴岡さんと祇園で会食。すごくおいしかった(^^)
9月13日
九州ブロック介護福祉士研修会での講演(かごしま県民交流センター)
事務局長の田中様ご夫妻がとても良くして下さった。この会場での講演は4年前
のカナダ日本75周年記念行事で行ったが、ホールでの講演は初めてだったが、
たくさんの方が集まって下さった。
9月16日
全国障害者問題研究(全障研)「みんなのねがい」(500回記念特集号)の原稿、
脱稿。編集部の梅垣様に送る。
9月26日
朝日新聞西部本社版に掲載。(『21番目のやさしさに』の記事)
9月30日
大学1,2年生用教科書「生命倫理」(有斐閣)の原稿、脱稿。編集部・堀様に送る。
『21番目のやさしさにーダウン症のわたしからー』の出版を祝う会。(鹿児島・東急
ホテルにて)

10月25日
5月に出版してから講演や執筆活動などでなかなかできなかった出版を祝う会をやっと
執り行う運びとなった。
当日は全国的イベント・ね
んりんピックが鹿児島で行わ
れたため、ホテルも飛行機も
満席だった。
遠く京都から駆けつけて下
さった武部先生や鶴岡さん
をはじめ75名の方が参加し
て下さり、盛況だった。
まず最初に鹿児島短期大
学の佐々木美智子先生が
『21番目のやさしさに』の概
要を説明された。つづいて、
私の高校時代の恩師・亀山
先生の乾杯の音頭で始まっ
た。
京都大学名誉教授・武部啓先生のお話は「綾さんのこの本は世界で初めての本だということを
皆さんにお話したくて今日は京都からやって来ました」というインパクトのあるものだった。
坂之上時代の私の幼児期を詩人の茂山先生が懐かしげに話して下さった。ひまわり幼稚園の
シスター先生は母の短歌を交えながら私の幼稚園時代を話して下さった。
友人の高田直美さんは私の小・中学校時代の思い出を話してくれた。
中学時代の三年間を担任をして下さった大木先生は私の中学時代を
話され、「綾さんは平成の篤姫です」と言われた。嬉しかった反面、少し
恥ずかしかった。体育担当だった二川先生も今回は泣かないで話された。
* そのあと、松田先生のバイオリン演奏に合わせて「千の風になって」
の英語詩(9・11ニューヨーク・グラウンドゼロで朗読されたもの)を朗読
した。思い出に残るコラボレーションだった。
かもがわ出版・編集部の鶴岡さんが私の『21番目のやさしさに』や私たち家族の本について
話して下さった。元鹿児島大学教授で私が大学時代に障害者福祉論を受講した清原先生は
講義や試験の時のことなどを話された。父の親友の広田のおじ様(元南日本新聞社社長)も
「千の風になって」について話された。
松田先生とのコラボレーション

引き続き、川野先生がギターを弾きながら私のリクエストの「ヒロ
シマの有る国で」(山本さとし作詞・作曲)をすばらしいお声で歌
われた。会場は感動に包まれた。
最後にKKB放送の池上様もお話をされ、伯父・伯母たちの歌
に私たち家族も加わって「花をおくろう」を歌った。(写真左)
大原雅代さんと迫田裕子さんの花束贈呈で会は幕を閉じた。


上は歌っておられる川野先生と
有馬冨美子先生作のお花
「ヒロシマの有る国で」
八月の空に 今もこだまするのは 若き詩人の叫び
遠き被爆者のこえ あなたに感じますか
てのひらの温もりが 人のくやし涙が 生き続ける苦しみが
わたしの国とかの国の 人の生命はおなじ
この青い大地のうえに 同じ生を得たのに
ヒロシマの有る国で しなければならないのは
ともる戦の火種を 消すことだろう
高校時代の恩師、友人と談笑
* 参加された方々から「感動した、とても素敵な会だった」という感想を頂いた。参加して
下さった皆様と準備して下さった両親の友人の方々に感謝!!たくさんのきれいなお花
や祝電、メッセージを下さった皆様に感謝!!
(当日の写真集は後日、別途にて載せる予定です。)
11月1日
* 障害者問題研究「みんなのねがい」創刊500号記念・『21番目のやさしさにーダウン症
のわたしからー』を出版して「ーどう生まれたかではなくどう生きるかー」が掲載。
岡山・広島・神戸の旅&講演
11月2日
* 鹿児島空港から神戸空港へ。ポートライナーに乗って神戸駅へ。新幹線で岡山へ。
10年前の感動を味わいたくて家族三人で大原美術館へ。私の好きなモネの睡蓮をは
じめ、印象派の画家達の絵がたくさんあった。そのほかに彫刻や郷土出身者の絵画も
多数展示されていたが、長旅の疲れもあり、次の日の講演に備えて切り上げた。詳しく
は美術館巡りPart2に紹介。
11月3日
岡山県臨床心理士会in岡山(岡山大学教育学部講義棟5202教室)
上地先生ご夫妻と初めてお会いする。並木のきれいな大学だった。
10年前、日本ダウン症協会(JDS)・岡山支部結成大会の
講演で行った時とすると街はずいぶんと変わっていた。
ダウン症児親の会の森下さんと橋本さんが私たち家族を
駅に迎えに来て下さり、帰りも送って下さった。感謝!
臨床心理士会の方達以外にも四国や福岡からも来ておら
れたということで会場はいっぱいだった。講演のあと、上地
先生の二人のお嬢ちゃんやヒロくんのご家族にもお会いす
ることができた。(かわいい写真を紹介できなくてごめんなさ
い)
岡山県臨床心理士会での講演
11月4日
* 岡山から新幹線で広島へ。遊覧船で宮島にわたる。この日は天気もよく、とても気持
ちのいい日だった。船から下りて遊歩道を歩いていくと、世界遺産・厳島神社の入口に
着いた。入口では鹿のお出迎えを受け、和やかな雰囲気に包まれた。


しばらく行くと、日本三景の一つ・宮島。国宝厳島神社の
高くそびえ立つ赤い鳥居が宮島の海面に写って、ゆらゆら
と揺れて美しかった。これが私がテレビでよく見ていて、ぜ
ひ行ってみたいと思っていた世界遺産の一つだった。テレ
ビ画面だけでは味わえない美しさだった。
神社の中にも実際に入ることができて、海の上に浮かん
でいる神社の床を歩くのは不思議な感覚だった。
また一つ旅の思い出が増えた。(^^)心に残る旅だった。
秋の宮島を満喫して広島市内へ。広島市内のホテルに一泊。
ホテルのレストランから見える広島の夜景もきれいだった。
11月5日
* 朝、ホテルを出て広島平和記念資料館へ。九州・長崎の長崎平和記念資料館には数
回行ったことはあるが、広島の記念館に行く機会がなかったので、長い間一度は行かな
ければと思いながら果たせないでいた。今度、やっと行くことができたことは私にとって意
義のあることだった。
詳しいことは美術館巡りPart2に紹介していく予定だが、戦争を知らない世代の一人とし
て今私たち若い世代が平和についてどう考えているか、美術館巡りの中でもこれから書い
てみようと思っている。
平和公園内の原爆死没者慰霊碑(広島平和都市
記念碑)に書かれていた「安らかに眠って下さい 二
度と過ち起こしませんから」(写真左)という言葉はず
っしりと重く、私の心に強く響いてきた。
公園から世界遺産の原爆ドーム(写真左斜め上)・
旧広島県物産陳列館:原爆投下当時の名称・広島
県産業奨励館の丸い屋根が見えていた。実際に近
くまで行って、その全貌を初めて見た。
ドームの近くに今、高層マンション建設の準備が着
々と進んでいるのに女優・吉永小百合さんを中心に
広島市民たちがこれに反対している。私も反対の一
人だが、ドームの存在が広島市民をはじめ世界の
人々の心に刻み込まれることを願う広島の旅だった。


長崎のとは展示の仕方が違っていて、原爆がどの
ようにして投下されたかという歴史が分かるようにな
っていた。
二つの世界遺産を後にしてゆっくりと走る市電で広島駅へ。広島駅から新幹線に乗り、夕方過
ぎに神戸に入る。その夜はよく晴れていたので、タクシーで夜景を見に行った。夜景のスポット・
ヴィーナスヴィレッジを探し出すのに大変だったが、やっと探し当てたヴィーナスヴィレッジからの
夜景は期待通りのすばらしいものだったが、喜び勇んで父が撮った写真はなんと真っ暗だった
(^^)
疲れた体を神戸のホテルでゆっくり休めた。
11月6日
いよいよ神戸市看護大学での講演。吉岡隆之先生がホテルに迎えに来て下さり、先生
のお車で大学へ。大学に着き、車から降りて私の目を釘付けにしたのは大学の広さだけ
でなく校舎の美しさだった。テレビや映画などのロケーションにも使われるそうだ。


* イタリア・フィレンツェ風の建物をモチ
ーフにしてあり、中に入るとステンドグラ
スやモザイク壁画などで彩られていた。
実際にフィレンツェの職人の方が来ら
れて、作られたそうだ。
吉岡先生が校内をあちこち案内して
下さったが、昼食は久しぶりに学生食
堂で頂いて、学生時代を思い出して懐
かしかった。(写真右・神戸市看護大学)
校内のあちこち
に写真左のようなポスターが準備されていて、嬉しかった。
講演会場は教育棟西1階の階段教室で、4限目の授業の中で講演
をした。対象はこれから医療の場で看護師を目指している一年生が
中心で、その他2〜4年生、編入学生、大学院生、一般の方などが私
の拙いスピーチを熱心に静かに聞いて下さって、とても嬉しかった。
* 後日、多数のアンケートが吉岡先生から送られてきた。どれも心
に響くもので、感動しながら読んだ。なかには障害のある家族を抱
えている学生さんもいて、障害について考え直すきっかけになった
という感想もあった。私自身もこのような若者たちとの出会いを通し
て、きっとこれから命の現場に行っていい看護師さんになるのだろ
うなあと勇気が湧いてきた。
* 講演のあと、学長先生や諸先生方とお話ができて有意義だった。
その後、フィーリングアーツ研究会の副代表もしておられる吉岡先生が私たち家族のため
にわざわざ準備して下さったフィーリングアーツを体験する。最初はカラー&ミュージックセ
ラピーかな?と思ったが、とてもいい体験だった。詳しくは下記のHPで。
http://e-feelingarts.net/jp.home.htm
* 神戸の街を散策して、途中でお土産においしいお菓子をゲットした。(^^)
午後からはタクシーで神戸市内を観光し、異人館や1997年の阪神淡路大震災の爪あと
が残るポートアイランドなどを回った。
ポートライナーで神戸空港へ。たくさんの思い出をもらった神戸に別れを告げた。
大阪・京都の講演&旅行記、その他の出来事
11月9日
霧島市政3周年記念式典で市民表彰を受ける。
表賞状には「多年にわたる国内外での講演活動を通じダウン症の理解を深めるため
大きな成果をあげられ多くの市民に夢と感動を与えられました よってその活動をたた
えここに表彰します」とある。
12月5日
* 鹿児島空港から福岡へ。電車で大宰府へ。
長い電車の旅のあと、タクシーで九州国立博物館へ。スケールの大きい、広い博物館
だった。これだけの広さを誇る博物館に歴史や国境を越えた、アジアの国々のたくさん
の展示物が展示されていることに驚いた。詳しいことは美術館巡りPart2で。
また、館内1階のロビーにある展示物のなかに八女のとてもきれいな提灯や雛人形も
あって地元ならではの風情が漂っていた。
12月6日
八女市教育委員会,八女市人権・同和教育課主催:スマイルフェスタやめ08での講
演(八女市農業活性化センター)
会場が上場で、雪が降っていて底冷えのする所だった。雪の中をたくさんの方が私
たちの講演を熱心に聞いて下さったことに感謝!!
講演会のあと、30年ぶりにひまわり幼稚園時代の友人と再会。 結婚して婚姻届を出
しに行った八女市役所で私たち家族のポスターを見て、実家に電話で確認して当日
来てくれたそうだ。久しぶりの再会と思い出話に花が咲いた。
私にとって2008年は記念すべき年だった。それは『21番目のやさしさにーダウン症のわた
しからー』の出版。書くことの大切さと難しさ、そして書き終えた時の達成感を味わった一年
だった。今考えると、言葉にできない何かを得ることができ、これからも書いていけるという自
信につながった。
来年は絵本作りか詩を織り込んだエッセー集を作ってみたいなあと思っている。


後から送られてきたアンケートや感想文も心を込めて書いて下さっていた。
上地先生ご紹介の美観地区での夜の食事もとてもおいしかった。